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東京の日本橋三越は、創業が延宝元(1673)年といいますから、四代将軍家綱の時代の創業で340年の歴史を持つ百貨店です。
江戸時代には、20万石相当の所得があったといいますから、大大名クラスの売上を誇った大店(おおだな)だったわけです。
その三越は、江戸時代は「呉服屋」だったと一般に言われていますが、ただの呉服屋ではありません。
いまでいう古着屋でした。
要するに衣類専門のリサイクルショップだったわけです。

江戸の人々は、武家も町民も、新しく織ったり編んだりして反物となり、着物に仕立てられたばかりの、つまり新しい着物を着ることはめったにありません。
新しいものは、地方の生産地で着られ、それが古着となって売られたものが、主に海上ルートで江戸に集められ、陸揚げされて三越で売られ、江戸の町民もお武家様も、大奥の女性たちも、みんな古着を普通に着ていたのです。
その名残が、つい最近まで、「よそゆき」と「普段着」として残っていました。

ある意味、究極のリサイクルシステムが確立していたともいえますが、なるほど江戸の時代劇を見たり、明治時代の伝記などを読むと、奥様が着物を持って質屋に行くシーンが良く出てきます。
当時は衣類が貴重な品として、古着が効率よく流通していたからこそ、お金になったのです。

最近でもリサイクルショップはありますが、買値を考えると、極端に安い値段で売られているし、古着を売るときも、ほとんど目方(めかた)で、いくら、といったわずかなお金にしかなないことを考えると、どれだけ衣類が大切にされ、そしてまた古着としての流通価値が高かったかがわかります。

つまり、それだけ衣類というものが貴重な品だったわけです。

このことは実は西欧でも同じです。
西欧でも中世までは、衣類は古代ギリシャ時代の延長線上と同じで、カラダにぴったりフィットするタイプではなく、体型や身長を選ばないゆったりした形状をしていました。
縫製技術がなかったわけではありません。
衣類を共用できるようにするための生活の知恵のためです。

それが使い捨て、ひとりひとりのカラダにぴったりフィットして、ちょっと体重が増えただけで着れなくなるような「使い捨て文化」に変わったのは、実は、植民地時代が到来してからのことです。
つまり、海外の植民地から大量に絹や綿を収奪してくるようになることによって、衣類が自分だけの、そのときだけのサイズの使い捨て衣料に変化したわけです。

もともと人と衣類の歴史は古く、人類が衣類を着用するようになったのは、いまから7万年ほどまえであったといわれています。
なぜ7万年前とわかるかというと、衣服でしか繁殖しない「コロモジラミ(衣虱)」と呼ばれるシラミが、人間にたかる「ヒトジラミ」から分化したのが、遺伝子の研究で、その頃だとわかっているからです。
つまり、人が布を作って、それを着るようになったから、布専門のシラミがヒトジラミから分化して生まれました。

いまだに学会では、日本の縄文時代は、鹿の毛皮を着ていたなどと言っている学者がいますが、人類が布の衣類を用いはじめたのが、そもそも7万年も前なのであって、しかも8千年前の日本の縄文時代の遺跡からは、まさにその布そのものが出土しているわけです。

すこし余計なことを書くと、日本のように高温多湿の国で、夏の暑い日に毛皮など、たとえそれが縄文人であったとしても、暑いものは暑いわけで、それを無理やり「毛皮を着ていた」と決めつける方が、どうかしています。

ちなみに、もうひとつ脱線すると、日本は高温多湿です。
ですから日本の樹木も、その高温多湿という環境に馴染むように進化しています。

最近、外国の木材をやたらに日本に運んできて、外在で高機密な家を建てるのがブームになっているらしいけれど、同じく多湿の東南アジア諸国の木材ならいざ知らず、もともと極端に湿度の低い北方の国で成育した樹木から伐り出した木材を日本に運んできても、またたく間に湿気を吸い込みすぎて、カビや木を食べる虫の餌食になるのは自明の理です。
日本人は欲に駆られて、木の活用まで忘れるようになってしまっています。
おかげでどれだけたくさんの新築家屋が、湿気によるカビや木材の腐蝕で困っているか。それこそ施政上の大問題です。

世の中規制緩和、規制緩和とかしましいけれど、規制しなければ守れないものだってあるのです。
衣類にしても同じです。
どこぞの国で生産した格安衣類が大量に日本にはいってきているけれど、使われている染料は、どういうものなのか。
結果、原因不明のアトピーや肌荒れ、皮膚疾患でどれだけ多くの人に被害がでているか。
食品にしても、世界中で大腸菌ウヨウヨで輸入禁止にしている某国の食品が、なぜか日本だけフリーパス。
規制緩和が聞いて呆れます。

というわけで、話が飛んでしまいましたが、衣類が貴重品だったものが、なるほど昨今では機械で布が織られるから、まさに大量生産の時代、使い捨ての時代にはいっているのだけれど、ほんとうにそれで良いといえるのか。
百年後、千年後の日本を考えて、ほんとうにそういう選択が良い選択といえるのか。
モノを大切にするという文化を、私たちは捨てて良いのか。
そういうことも、やはり国としてキチンと考察していかなければならないのではないかと思います。

渋谷で樋口一葉が、夏の暑い日に、素裸で作品を書いていた。
それは現代人の感覚からすれば、ありえないことであろうと思います。
そのことがいいことだとは思いません。
時代は変化するし、よりよくなったこと、人々の生活水準が向上したことは、現代日本が良くなった点です。

けれど、民度という点、精神文化という点ではどうでしょう。
果たして、良くなったと言い切れるのでしょうか。

貧しくてもても、しっかりとした公徳心をあたりまえとしていたかつての日本。
モノを大切にし、簡単に捨てるということをしなかった日本。

歴史は、前にしか進みません。
けれど、その進んだ先が、どのような日本になるのか。
そのことをしっかりと踏まえて、新しい国作りを考え、行動していくことが、これからますます必要とされていくものと思うのです。

ねずさんの ひとりごと 衣類のお話 (via bochinohito)
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